皆さんは、風景や絵画を見て、ジャズが聞こえてきたことがありますか?
私は、これまで64年の人生で2回ありました。いずれも、ジャズを聴き始め、真剣にジャズを聴いていた若き日の出来事です。
1回目:Bill Evansの名盤「Explorations」の冒頭曲「Israel」が聞こえてきた。
22歳の時でした。私が損害保険会社に入社した1976年、新人研修を行った静岡市清水区での出来事でした。車で清水港のそばを走っていた時のこと、港のタンク群が並んでいる景色が視界に入った瞬間、Bill Evansの名盤の冒頭曲「Israel」が聞こえてきたのです。
私が所有していたLP「Explorations」のライナーノートは、当時新進気鋭のジャズ評論で鳴らし、詩人でもあった中野宏昭氏が書かれたものでした。下記に、その冒頭を引用しますが、この文章が記憶として残って、「Israel」が聞こえてきたのだと思います。
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例えば、その場所は、かつて私が居たことのある工業港に面したアパートの一室である。夜が明けきらない午前四時半頃、刺すように冷たい朝だったが、ベランダ越しに見る石油タンク群は朝もやの中に包まれて、乳白色の温もりを感じさせている。そんな時に聞こえてくるのが、ビル・エバンスのピアノではなかったろうか。
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将来を嘱望された中野宏昭氏でしたが、大変残念なことに31歳の若さで病魔に倒れました。
遺稿集として出版された「ジャズはかつてジャズであった」は、評論「現代マイルス・デヴィス論」をはじめ、担当された全ライナーノーツなどから成り、1977年に出版されました。この本も、先日のブログに書いた粟村政昭氏の「ジャズレコード・ブック」と同様に大切にしている一冊です。
時代が違うとは言え、こんな経験を生み出す感性の豊かなライナーノートに、昨今お目にかかったことはありません
2回目:名盤「Clifford Brown&Max Roach」の「Parisian Thoroughfare」が聞こえてきた。
2回目は、米国研修時の30歳の時でした。1984年、ニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art)で
ピエト・モンドリアン(Piet Mondorian)作の抽象画を見た瞬間に、Clifford BrownとMax Roachの双頭クインテットの名演で知られる「Parisian Thoroughfare」(パリの往来、といった意味と思います)が聞こえてきました。この曲は、パリの路上でクラクションが鳴り合う、トラフィックの喧騒を、Clifford Brownのトランペットが模した印象的なイントロで知られた曲です。
右の抽象画を見た時に、東西南北に交差する道路と高層ビルが立ち並ぶ、マンハッタンの街並みを鳥瞰したような図柄だと、感じました。躍動感のある色使いが、「混み合うマンハッタンの道路を、クラクションを鳴らして走るイエローキャブ」を連想し、Clifford Brownのトランペットが聞こえてきたのでしょう。抽象画のタイトルは、「Broadway Boogie Woogie」。 そうです、ジャズに繋がるブギウギのリズムを表現した作品だったのです。
真に優れた芸術が、稀有な体験をさせてくれたのだと思います。